心理学の言葉に「外在化(Externalization)」という概念があります。自分の内側にある悩みや経験を、自分自身から切り離して外側に形作ることで、それを客観的に見つめ直すことができるという作用です。たとえば、頭の中を巡るモヤモヤした感情や思考を日記に書き出してみたり、誰かに話を聞いてもらったりして、心がすっと軽くなった経験はないでしょうか。言葉にして外に出すことで、自分と感情の間に適度な距離ができる。あれがまさに「外在化」の力です。
書くという作業、とりわけ25万字に及ぶ文章を綴ることは、読むこと以上に人の心に大きな影響を与えます。それは「書く」という行為が、心の無意識の領域へと深く潜り込む作業に他ならないからです。インターネット広告30年の歴史を描いた拙著『インターネット広告創世記 Googleが切り拓いたデジタル広告革命』の執筆作業は、期せずして私にとって巨大な「外在化」のプロセスとなっていきました。
本書では、インターネット広告の歴史を築き上げた二十六名の先駆者たちのインタビューを軸に物語が展開します。ご登場いただいた皆様へのインタビューは主に会食形式で行われました。お酒を飲みながら、時には脱線や余談も交えつつ自由にお話しいただいた内容を録音し、文字へと起こしていく。そうして集まった膨大な言葉の欠片を、当時の臨場感ごと読者の皆様に追体験していただけるよう、ひとつの物語として再構成していきました。
文字起こしされた膨大な言葉と一人向き合う時間は、単なる編集作業の域を超え、先駆者たちが歩んできた濃密な人生を、私自身が深く追体験していくプロセスとなっていきました。 彼らの熱狂、手探りの苦悩、そして道を拓いた喜び。その言葉を一つひとつ丁寧になぞっていくうち、私の脳裏には当時の情景がありありと映像化されていきました。私はいつの間にかその映像の中に没入し、彼らと肩を並べるようにしてインターネット広告の黎明期を駆け抜けていたのです。本書の元となった「Web担当者Forum」における連載は一年四ヶ月にも及びました。その長い期間、私は来る日も来る日も、こうしてひたすらに過去の記憶と正面から向き合い続けていたことになります。
今、本書はまさに最後の制作工程に入り、少しずつ、しかし確実に私の手を離れようとしています。原稿の最終チェックを進める中で、私の心を満たしているのは、大きな達成感というよりも、むしろ不思議なほどの喪失感です。なぜなら、あの濃密な言葉たちと共に過去を追体験し、一つの物語として紡ぎ出す作業は、先駆者たちの歴史を記録するだけでなく、私自身の「Googleを中心とした20年間のキャリア」そのものを、文字通り「外在化」するプロセスでもあったからです。
私の内側にあった情熱、葛藤、そして青春とも呼べる二十年間の日々のすべてが、25万字という形を伴って私の外側へと切り離されていきました。そして今、すべてを吐き出し、本という形に結実させた私の心には、ぽっかりと大きな空白が生まれています。心が軽くなるはずの「外在化」が、これほどまでに途方もない虚無感をもたらすとは、私自身想像もしていませんでした。しかし、この空白こそが私がこの一冊にすべてを注ぎ込んだという何よりの証なのかもしれません。
すべてを外側に切り離し、二十年分のキャリアが抜け落ちてまるで真空状態になったかのような心の領域へ、予想もしなかったものが急速に流れ込んできました。それは、「Googleに心酔する前のかつての自分」でした。
検索エンジンが世界を書き換えていく、あの熱狂に呑み込まれる前。まだ何者でもない学生で、インターネット広告の仕組みすら知らず、ただ無邪気な好奇心だけで世界と向き合っていた頃の記憶。 Googleという巨大な引力に覆い隠され、二十年ものあいだ心の奥底に封印されていた「かつての私」が、「外在化」によって生まれたスペースを満たし、まるで長い迷子から帰ってきたかのように、その空白のど真ん中へすっと座り込んだのです。
空白のど真ん中に座り込んだ「かつての私」が眺めていたのは、学生時代に住んでいた中野の六畳一間のアパートの、見慣れた天井でした。

それは、Googleから内定を得た興奮が一段落した頃。「本当にこのまま決めて良いのだろうか」と立ち止まり、深く逡巡した日の記憶です。当時、もっとも身近で誰よりも尊敬していた二人の友人が、揃って大手出版社への内定を決めていました。彼らは、私たち三人の夢であった「作品作りの道」へと、真っ直ぐに進もうとしていたのです。
彼らの顔を思い浮かべるたび、「このままGoogleに就職すれば、自分だけが作品づくりの道を諦めることになるのではないか」という焦りが募り、私は一人、狭い部屋で堂々巡りの思考に沈んでいました。
しかし、長く深い迷いの底で、ふと一つの確信に行き着いたのです。「これから世界を劇的に変えていくのは、間違いなくGoogleだ。その巨大な変革の中心を目撃せずして、果たして人の心を揺さぶる作品など作れるだろうか」と。そして同時に気づきました。「私は『編集者』になりたいのではない。自らの手で物語を生み出す『著者』になりたいのだ」ということに。
金色に染まり始めた夕暮れの天井を見上げながら、「まずはこの時代の目撃者になろう」と一人覚悟を決めたあの日のことを、私はつい昨日のことのように思い出していました。
今にして思えば、私がこれほどまでの執念とも言えるような熱量で『インターネット広告創世記』という一冊を書き上げようと思い立ったのは、他でもない、あの二人の影響だったのかもしれません。同じ夢を語り合い、先に「作品作りの道」へと進んでいった彼ら。別々の道を歩みながらも、彼らがずっとその世界で輝き続けてくれたからこそ、私はGoogleという全く異なる場所にいながらも、「いつか自らの手で物語を生み出す」という情熱の火を絶やさずにこられたのだと思います。
二十年の時を経て、ようやく一冊の本という形で「外在化」されたこの思いは、先に「作品作りの道」へと進んでいった彼らへ示す、二十年越しの私なりの回答でもあります。
今となってはもう連絡を取る術さえありませんが、もし仮にどこかで再会し、この本を手渡すことが出来たとしたら――。きっと彼らは悪戯っぽく笑いながらこう言うでしょう。
「二十年もかかるなんて、ずいぶん長い寄り道だったじゃない?」
そしたら僕は笑って、そして少しだけ胸を張ってこう返すつもりです。
「編集者の道と、著者の道は違うんだよ」と。
